才能はだれにもあると知ったのは40歳過ぎてから

わたしはずっと、世の中には普通の人がたくさんいて、才能のある人が少しと頭の悪い人が少しいるのだと思っていました。

だから自分も大したことないし、多くの人が普通で普通の人生なのだろうと思っていたのです。

 

ですが、そのうちに気づいてきました。勉強ができる人は、勉強を続けてしたからできるので、頭がいいからできるのではないと。

同じように義務教育を9年行っても、勉強しているとは限らないのです。集中している子もいれば、すっかり他のことを考えぼっーと座っているだけの子もいます。

 

つまりちゃんと聞いていればわかるし、宿題もできるのです。でも聞かない子、しない子の差ができて行き、9年の差は大きいのです。

 

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そうなれば、小さい時に好きなことを見つけるきっかけを作ってあげることがいちばん大事だと思います。生まれた時から、個性はあるのでもう得意不得意は持っているのですから、じっと観察が大事ですね。

自分でも一を聞いて十を知る分野もあれば、十を聞いて一を知る苦手な分野もあります。

 

わたしは僻地でいきなり30人クラスの一年生に入った時、クラスメートは同じ幼稚園で一年学んでいたのです、全員。

そこにわたしだけ、いきなり何も学ばないまま参加したわけです。兄弟に、五十音を依週間くらい教えてもらっただけで。

 

そこで感じたのは、国語や算数は簡単すぎて、先生の教え方がまわりくどく感じました。教科書も丁寧過ぎてちょっと幼稚に感じたのです。

ですが、運動会のダンスはなかなか覚えられませんでした。集団行動も次に何をすべきか?などはすぐに理解できませんでした。

 

得意、不得意はくっきりしていました。運動神経はなく、逆上がりもできませんでした。

 

なので自分には逆上がりはできないと思いこんでいましたが、体操の時間は順番が来たら、どうせできないけど逆上がりをするしぐさだけしていました。

それが、なんと、ある時、逆上がりができてしまったのです!

先生もびっくりして「○○さんが逆上がりができた!」と叫んだのです。

 

その時、実感しました。たくさん練習すれば苦手なこともできる!と。

わたしは、毎日、別のクラスの近所に住む子を待つ間に、逆上がりの練習をしていたのです。できないとは思ったけれど退屈なので練習していたのです。

 

その時にわかったのです。苦手なことは得意にはならないかも知れない、でも普通くらいはできるようになると。

 

その後、大人になって仕事ができない人でも、趣味に得意なものがあったり、勉強できなかった弟が自力で、一級建築士の資格をとったりしたのです。

 

大概の事は好きと思ったり、やりたいと思えて続ければできるようになる、ことを知ったのです。それを少し人より多く、長く努力すれば才能になって花開くと知ったのです。才能のない人はいない、見つけていないだけ、努力していないだけなのです。